#24 海老澤宏樹(4期・2003年卒業)ヴェルディ相模原OBとして

こんにちは。
ヴェルディ相模原OBの海老澤宏樹と申します。

大学を卒業後、J2東京ヴェルディ、タイリーグ等でサッカーをしておりました。

既に引退をしており、現在は大学でサッカーの指導者をしております。
今回コラムのお話しを頂きましたので、OBとして私が経験してきた事や、当時の思い出などをお話ししたいと思います。

私はヴェルディ相模原でJr.ユース、ユースと6年間を過ごしました。
Jr.ユース時代もユース時代も、チームメイトには個性が強くサッカーの上手い選手が沢山いて、中学生の入団当初は周りのレベルの高さに驚いた事を覚えています。
中学1,2年生まではレギュラーにもなれず、ほとんどの時間を下のカテゴリーで過ごしていました。
そんな状況でも、サッカーに対して挫折する事や悲観する事も無く、レベルの高い選手達やコーチとのボール回しやミニゲームが最高に楽しく、毎日練習に行く事が喜びでありました。
サッカーを楽しみながら周りの環境に揉まれ、日々成長していきました。

土持さんの言葉で覚えてる事があります。
「下の奴は上の奴の2倍3倍努力しろ」
「上の奴と同じ練習内容や同じ練習時間ではいつまで経っても追い付けない」
この言葉を聞いて努力する必要性を感じました。
1番早くグランドに来てボールを蹴り、最後までグランドに残りボールを蹴る。
みんなが見てないところで差をつけてやろうと、とことんサッカーをしていました。

ドリブル、ワンツーで中央を崩す。
逆を取る。取られたら取り返す。1対1で絶対に負けない。
コーチや先輩に翻弄されて股抜きのタイミングを盗み、吹き飛ばされながら身体の使い方、腕の使い方を学びました。
ヴェルディ相模原での6年間はサッカー選手としての礎をつくってくれました。

卒団後、尚美学園大学に入学しサッカーを続けました。
名門高校やJ下部からくる選手達が多くライバルは多かったですが、監督が戦術に縛らず自由にプレーさせてくれ、1年時から試合で使ってくれました。
対戦相手にプロになって行く選手がいたり、Jリーグのチームとの練習試合したり、スカウトの方が毎試合観に来る環境の中で自然と卒業後もサッカーを続けていきたいと考え始めました。

4年生の時にJリーグ東京ヴェルディの練習試合に数回参加させてもらい、チャンスを頂き入団する事になりました。
ただヴェルディ入団後はプロの厳しさ、自分自身の実力不足で結果を残せないまま退団という形になりました。

私以上に実力や才能ある選手が努力をする姿、ロッカーではふざけてばかりの選手もグランドに立てば目の色を変えて闘う。上には上がいて、自分がみていた世界や考え方というのが狭いものだったのだと感じました。

選手として何も出来ませんでしたが、サッカー人生において貴重な経験をさせてもらいました。

その後はタイリーグやラオスリーグで活動し引退しました。

好きな事を一生懸命やる、楽しむ

中学の頃にレギュラーにもなれなかった自分がここまでやってこれたのは、これなんだと思います。

相模原の子供達も何か好きな事に一生懸命取り組んで、楽しんで下さい。コロナの影響で大変な思いをしてるかと思いますが、今ある環境で出来ることを一生懸命取り組んで下さい。

海老沢宏樹