#12 前田曜(第10期・Fリーガー)目の前の事に全力を

皆さんこんにちは。前田 曜と申します!
 
私は小学校2年生から中学校2年生までの約7年間、ヴェルディS.S相模原に在籍しておりました。

サッカーを始めてすぐにヴェルディS.S相模原のスクールに入ったので、私のフットボールの原点といっても過言ではありません。
 
小学校の頃はドリブルが大好きな少年で、大島幼稚園の小さなグラウンドでひたすらドリブルの練習をした事を今でも鮮明に覚えています。
 

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当時は1,2年生のクラスと3,4年生のクラスに分けられていて、2年生だった私は、1,2年生の練習が終えてから、3,4年生の練習に混ざって練習させてもらっていました。
もともと身体の小さかった私は、体格の差で苦しむこともありましたが、ドリブルでの駆け引きやワンツーで相手の裏を突く事に魅力を感じていき、無我夢中になって練習していたのを今でも忘れません。
 
そこで覚えた駆け引きの技術は後々の私のサッカー人生においても大きな影響を与えてくれました。
 
中学校に進学してからも、私自身のサッカーの根底にあったのはドリブルやワンツーで個人の局面を打開する事でした。当時は良くも悪くもゴールやアシストよりも、相手の逆を突く事に喜びを感じていたのを今でも覚えています。(笑)

あとはなんと言っても夏休みのー。
野口コーチが悪魔に見えたのはここだけの話(笑)
 
中学2年生の途中から、サッカーからフットサルに転向し、ASVペスカドーラ町田(Fリーグ所属)の下部組織に入団をしました。そこでもやはり根底にあったのは、相手の逆をつくドリブルやワンツーでした。
 
高校進学と共にペスカドーラ町田のサテライトチームに入ると、高校2年生に進級と同時にトップチームへ昇格することになりました。

当時リーグ最年少記録であり、初代高校生Fリーガーとしてデビューを果たし、U-21フットサル日本代表にも呼ばれましたが、そこでもドリブルのスタイルを貫いていました。
 
高校卒業と同時に再びサッカーで海外挑戦したいと思い、スペインへ渡欧し、その後ニュージーランド、オーストラリアと海外の計4クラブでサッカーをしましたが、どこのチームへいってもどのポジションを任されても、相手の逆を突くプレーは変わらず体現していました。
 
オーストラリアで現役を最後に、帰国後は会社員として働くことを決め、その後はIT企業で営業をしていましたが、ある方からの連絡で再びフットサルをすることになりました。
 
昨年の3月~今年の2月まで、『目指せ!Fの頂』というフットサルのドキュメンタリー番組をYouTubeで毎週金曜日に配信しており、プロジェクトの内容としては、一からチームを立ち上げ、1年で日本一を目指し、負けたら即解散という無謀なチャレンジとも思われる内容でした。
少しでも気になる方がいらっしゃれば観てみてください!
 
サッカーでいうなら、寄せ集めのチームが一年で天皇杯を優勝しようという事ですね(笑)
 
そんな無謀とも言えるチャレンジの中で、プロジェクトを始めた当初は、周りからも「フットサル舐めるな」とか「すぐ負けて解散だろ」など批判的なコメントもたくさん頂きました。
それでも、一つひとつ勝ちあがるにつれ、否定的なコメントやメッセージも少なくなり、応援のメッセージが日に日に増えていき、会場には地区予選にも関わらず沢山の方々が会場に足を運んでくださいました。(実は野口コーチも観に来ていただいていたようです)
 
私がこのメッセージで伝えたい事は、いくつになっても挑戦する事を忘れないでくださいという事です。
 
今現在、サッカーをしている人もいずれか引退がやってきます。その後どんな人生を歩み、どんなことを始めるにしても初めのうちは上手くいかない事や、周りからの否定的な声というものはつきものです。ただ、どんな時も自分だけは自分を疑ってはいけません。
 
この先、サッカー選手になれるのかな?とか、引退した後はどんな人生を歩むのかな?食べていけるかな?とか不安に思う要素はたくさんありますが、今は目の前の事に全力を注いでください。

理不尽に思うようなフィジカルトレーニングも一緒です。成果というものはすぐに表れるものばかりではありません、中長期的に長い目で見て結果に表れるものです。
なので、どんな環境、どんな状況でも言い訳せずに自分を成長させる為の時間にしてください。
 
最後になりますが、私の原点であるヴェルディS.S.相模原のこれからの益々の発展を祈るとともに、今回のプロジェクトの成功を心より願っております!

前田 曜