#15 山藤健太(3期・2002年卒業)アマチュアから社会人、そしてプロへ

ヴェルディ相模原OBで現在はHondaFCに所属してます山藤です。


今回このような話をいただいて、微力ながら協力させてもらいます。
自分の経験が少しでもみなさんの為になればいいなと思うので、昔の思い出と共にどのようにしてプロになったかを書きたいと思います。


ヴェルディ相模原には中学と高校の計6年間お世話になりました。
中学1年の頃から上の学年に混ざり練習や試合をさせてもらっていました。ユースの試合にジュニアユースの選手が出る事も当たり前にありました。

そして、OBの方が練習にきてゲームに混ざって一緒にボールを蹴ってくれる。
OBの方達が普通に上手いから一緒にプレーするのが楽しかったのを覚えています。その経験はすごくありがたかったなと思います。


ドリブルとワンツーの中央突破、股抜き、1対1で負けない、やられたらやり返す。よく飛び交っていたフレーズは今も頭の中に強く残っています。
夢中で過ごした6年間はあっという間に過ぎてしまった気がします。


それから埼玉の平成国際大学を経て、当時JFLのアルテ高崎に入団しました。

この時はアルバイトをしながらサッカーをしてました。環境的にもかなり厳しかったですけど、どうにか活躍して上のチームにいきたいという思いでやっていました。だからサッカーを続けていくことに全く迷いはなかったです。

そしてチームの経営問題でチームが消滅する事になり、その時オファーをくれたソニー仙台FCに移籍をして会社員としてプレーすることになります。

 

山藤


このソニー仙台でプレーをしている時に自分の中で強い疑問が生まれるようになりました。昔からプロになるという夢は持っていました。でも、現実はサッカーだけでは生活できない。そのモヤモヤした気持ちが日々強くなり仕事をしながらではなくプロになろうと決意しました。

すぐに強化部の方に連絡をして、
プロ契約したいので会社を辞めたいです

と伝えました。

この時が自分の中で1つの区切りみたいなものだったのかもしれません。
ただその時は絶対誰か自分をみて評価してくれるという自信みたいなものがありました。

そしてツエーゲン金沢からオファーをもらい移籍しました。
この時27歳でようやくプロ契約をする事ができました。

プロになるまで少し時間がかかってしまったけど、その時間を苦に感じてはなかったし上を目指して頑張っていたあの時間があったからこそ今の自分があると思ってます。

アマチュアから社会人、そしてプロと経験出来た事は自分の強みです。

今ヴェルディ相模原で頑張っているみんなにはプロ選手になる事だけが全てではないという事も言っておきたいです。
自分の様な経歴の選手もいます。プロになるには運やタイミングも必要です。
どんな形でもサッカーを続けていればそれが認められる時がくるというのを自分は証明できました。

みんなもこれからつらい経験や高い壁にぶち当たる事があると思うけど、そこからどうするかというのが大事だと思います。

いまコロナで難しい状況であると思いますが、それでもサッカーを続けさせてもらっている人は感謝の気持ちを忘れずに頑張って下さい。

僕も微力ながらみんなのことを応援しています。

 

山藤健太