#16 堀佑斗(18期・2018年卒業)私が絶対に変えなかったこと

皆様こんにちは、
現在声優の卵として活動しております堀佑斗と申します。宜しくお願いします。

私は小学4年生からヴェルディ相模原の大野台校スクールに入団し、そこからジュニアユース、ユースへと9年間在籍し、2018年に卒団しました。

スクール時代他のチームに所属しておりませんでしたので私はヴェルディ相模原一筋でサッカーを学びました。
そして現在はサッカーのピッチから離れて、声優としての仕事に憧れを強く抱き、勉強の日々を送っております。

そんな私が、このヴェルディ相模原というチームでの活動で得た物、そして「今の夢」をお話しさせて頂きます。


私が当時「ホリピー」という愛称で呼ばれていて、ヴェルディ相模原ではコーチがあだ名つけるのが定番なのですが実はこのあだ名、私からこう呼んでくれと頼んだものでした。

その時から年齢学年関係なくみんな優しくホリピー、ホリピーと呼んでくれてとても嬉しかったです。どの年代でも親しみやすかったらしくスクールでも、ジュニアユースでも、ユースでも、そして今現在でも呼ばれています。(笑)

正直、私はスクール、ジュニアユース、ユースの中でも特別何かに長けた選手ではなかったかもしれません。

ですが私が最後まで続けていられた理由は「信頼できる仲間、支えてくれている関係者の方々」の存在でした。

もちろん当時のチームメイトにはミスなどで迷惑をすごく掛けてしまう試合もありましたが、それでも私が絶対に変えなかったことが2つあります。それは、

「どんな結果でも最後まで諦めないで誰よりも全力で走って戦うという気持ち」

「出来るか出来ないかじゃなくてまずは楽しみ、トライしてみる」

です。

この2つの目標を実行し、チームメイトとの絆を深めていけたのではないかと思います。

ポジションがサイドバックとサイドハーフでしたので持久力はどのポジションよりも必要でした。ポジションの中でも大変だからこそ誰よりも全力で走って攻めて守って戦うというのを徹底してました。

新人戦や高校3年生の時にはキーパーがいなく私がやっていた時もありました。

正直出来るか不安でしたが私の目標の1つである、まずはトライしようと思い挑戦しました。初めてなこともあり上手くいかないこともありましたがミラクルなことも起きたことがありました。

ミラクルだとしても「楽しい」と思えれば問題ないと感じました。

 

堀佑斗

 

そして卒団している現在も私の決めたこの2つの目標を続けており、それは今私が学んでいることにもすごく繋がり、発声やメンタルの部分や体力面で誰よりも大きく自信を持ち、楽しんでいます。

口だけで言うのは簡単ですが行動に移すのはとても難しい、
ですが何事もまず自分なりに全力でやるという気持ちが大事、その思いを持ち続けていれば周りから信頼を得られるのだと今でも実感しております。

そして土持さんには2人きりになった際にサッカーをやめて私が今いる業界に行きたいと言った時、

「堀の一生懸命やる頑張りはどこの世界に行っても通用するはずだから笑顔で頑張ってほしい。」

という言葉を頂きました。土持さんからは多くのご指導を頂きましたがあんなに笑顔で快く後押ししてくれたことは今でも鮮明に覚えていますし、サッカー以外でも人としても評価をして頂いていた、信頼されているからだと感じ、違う道ではありますが、全力で楽しみ、頑張ろうという気持ちになれました。


サッカーは1人では決してできない、
グラウンドという最高の「環境」があって、
誰よりも自分を応援してくれ支えてくれている「親」がいて、
勝つために指導してくださる「監督」と「コーチ」がいて、
試合をするために必要不可欠な「仲間」と「相手選手」がいる。


「自分の好きなことができているのは多くの人の支えがあるから、当たり前だと思っていることが当たり前じゃない」ということを、これから私達の後を継ぐ後輩達には忘れないでほしいです。

私はこのヴェルディ相模原での9年間でサッカー以外にも人としても大切なことを学び、そしてこれからの人生で決して失ってはいけない物を得ました。

それが今の大人としての成長にも繋げると思います。


「ヴェルディ相模原での9年間は私にとって素晴らしいサッカー人生であり、同期、先輩、後輩関係なく私をここまで成長させてくれた仲間という存在が私の宝物です。」

だからこそそんな私の「今の夢」は多くの方に恩返ししたいという形で人々を感動させられる声優になることです。

今このご時世でたくさんの選手たち、そのご家族の方々が大変な思いをしていると思います。僕たちOBも1日でも早く、以前のような生活を送れるよう願っております。皆で協力して乗り越えましょう。

 

ほりぴー