#7 川原田匠(15期・2014年卒業)何事にも、誰に対しても手を抜かないこと

 

皆さまこんにちは。川原田匠と申します。

まず初めに簡単に自己紹介させていただきます。
私は小学校3年生の時にヴェルディ相模原のスクールに入団し、ジュニアユースでは副キャプテンを務めました。その後、日本大学明誠高校のサッカー部を経て、現在は成蹊大学の体育会サッカー部で活動を行っております。

今回は、「約6年間の活動で学んだ考え方と人間性」について書かせていただきました。是非最後までお読みいただければと思います。

友達の紹介で入団したヴェルディ相模原ですが、このチームで学んだことは、“常に負けず嫌いであること”に加えて、”ONとOFFの切り替えを明確にすること”です。

恐らく、小中学生相手に対しても負けないで大人げないプレーをしていたコーチ陣を見て、負けず嫌いは勝手に備わるものだと思います。当時は理不尽に思っていましたが、“何事にも、誰に対しても手を抜かないこと”を学びました。当時はそんなコーチ陣に絶対に負けたくない気持ちがエネルギーとなっていたので、今ではその反骨心こそが、サッカーだけでなく全ての場面に活きていると感じます。

 


 

また、ONの時は学年関係なく実力を評価してもらい、中学2年生でユースの試合に出ることもありました。そんな恵まれた環境の中、グラウンド内では負けず嫌いなメンバーが多く集まり、いわゆる削り合いも多く起きていましたが、削られない為に逆を取って躱してやろうとそれぞれが技術を磨き、切磋琢磨した記憶があります。相手の股を抜き、怒った相手をワンツーで突破するなんてこともありました。
グラウンド外のOFFの時はONの時とは違い、お互いが中学生らしく笑わせ合い、グラウンド内のことをグラウンド外に持っていかないといった気持ちの切り替えを教えてくれました。

上述の経験から、ただ負けず嫌いなだけではなく、勝つ為に努力が必要であり、その努力は自分との闘いだということを厳しくも温かく伝えてくれました。

ジュニアユース入団前の2011年3月に東日本大震災が起こりました。

計画停電の為サッカーが出来ずに、北公園の外周を走る日々が続きました。その頃は毎日が辛く、辞めようとまでは思いませんでしたが、どうやって楽をするかなど自分のことばかり考えていました。また、1番印象的なのは、ひょんな事からチームメイト全員で城山ダムにいき罰走をしたことです。当時は“なんで関係ない俺らまで走らなければいけないんだ“と思い、当然皆も不満に思っていました。

しかし、コーチはグラウンド内だけでなくグラウンド外でも恥ずかしくないモラルのある人間でいなければいけないと伝えたかったと気付いた時、自分のせいでなくとも全員で走ったことの意味も理解出来ました。

 

 

 

1人でサッカーをしている訳でもなく、1人で生きている訳でもない。

サッカーが出来る環境があって、支えてくれる親がいて、監督がいて、コーチがいて、仲間がいて、試合をしてくれる相手がいる。


それを常に忘れず過ごすことを中学年代で学べたことは、私のこれまでの短い人生の中ですが、非常に大きかったです。

桑原健史くんの話(#3参照)と被ってしまいますが、当時理不尽に感じたことは数え切れない程あります。しかし今思い返せば、どんな状況でもポジティブに考えていれば、必ず良いことは起きると分かっているので、あの経験があったからこそ腐ることなく成長に繋げることが出来ました。

ヴェルディ相模原で過ごした6年間は、嬉しかったことも理不尽なことも沢山ありました。それらを含めて、全てが私の財産です。

最後になりますが、新型コロナウイルスの影響でサッカーが出来なくなってしまったサッカー少年が沢山いると聞きました。これはヴェルディ相模原だけでなく、全てのチームが当てはまります。こんな時期だからこそ、今回のこのプロジェクトに興味を持ち、支援の輪が広まっていくことを心より願っています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。