#10 皆川柊ニ(17期・2018年卒業) "個"を磨いてくれる刺激的なクラブ

2018年度ユースチーム卒業の第17期生、皆川柊ニと申します。チーム同士の親交もあり、現在は日本工学院Fマリノスという横浜Fマリノス傘下のチームで戦っています。

私がヴェルディ相模原に入団したのは、小学6年生の時でした。ジュニアSというカテゴリーに入団させて頂き、普段の練習は1つ上の中学生に混じって行っていました。

実は、私が最初に練習参加に行った日は、ユースチームのみの練習時間だった為、ユースチームのミニゲームに参加していました。(笑)

当時小学生だった私は言葉も出ないくらい驚きの連続で、浮き玉のワンツーが来た時はもうパニックでした(笑)そんなプレーをする発想がまだなかったからです。
今思えばドリブル、ワンツーなどの個人技を磨くクラブだったので、当たり前のように出てくる発想なんだなと思いますが、レベルの高いユースチームのサッカーを小学生の私が体験したのはとても貴重なものとなりました。


ジュニアユースの時は人数が多かったため、AチームとBチームで振り分けられました。中学1年生のスタート時、私はBチームでした。

私より上手い選手は沢山いましたが、やはり悔しい気持ちが強かったです。当時はやはり辛かったです。練習終わりのタイム付きのコの字ダッシュ、雨でグラウンドがぐちゃぐちゃの中、スライディングでしかボールを奪いに行ってはいけない練習等ありました。辛かったですが、辞めようと思ったことはなかったし、楽しさが勝っていました。やはり、"個"を磨いてくれるクラブなので、1vs1やワンツーの練習が多かく刺激的で成長を実感できたからです。

なので私はそれを一生懸命やろうと思っていた毎日でした。その結果、中学1年生の夏にAチームに上がることが出来ました。

嬉しくて、支えてくれてた両親に報告したのを覚えています。

Bチームにいたにも関わらず、辞めろとも言わず、いつも笑顔で応援してくれていました。何よりも嬉しいのが、私の出る試合をほとんど見に来てくれたことです。私の活躍を誰よりも近くで応援してくれる両親は、私の心の支えでした。時々、プレッシャーになることもありましたが。(笑)

それ以降はAチームでプレーさせて頂きましたが、なかなか試合に出られない日々が続き、どうしよう?となりました。新しい壁との出会いでしつが、これまでの経験もあり練習しかないと思っていました。私は試合に出られない等の相談を両親にしたことがありません。

絶対に出れるように努力するから、応援していて欲しいという思いがあったからです。そうした気持ちを理解してくれてか、両親はいつも前向きな言葉で私は後押ししてくれました。年齢を重ねれば自然と会話の回数や内容は変化しますし、時にぶつかりもありましたが、今も私が夢を持って頑張れているのは、両親の理解とサポートのおかげです。

そうしているうちに、試合に出られるようになったのがいつかは覚えていないのですが、ちゃんと試合にスタメンとして出れるようになりました。ヴェルディ相模原の練習を真剣に毎日取り組めば、上手くなります。そして、それをちゃんと評価してくれる監督、コーチがいます。そんな環境に私は何度も助けられました。ピッチ内外問わず、寄り添ってくれるスタッフの方のおかげで私は大きく成長できました。

練習を頑張った話をしましたが、これは両親の支えがないと絶対に出来ないことでした。やはりサッカーをやる以上、どうしてもお金がかかってしまいます。ボール、スパイク、すね当て、月謝、ウェア代、遠征費など様々なことにお金がかかってしまいます。

私に「どれだけお金を費やしてると思ってるの?」と言われても不思議じゃないくらいに。正直、中学生の頃はあまり両親のことは考えていませんでした。新しいスパイクが欲しい!遠征がある、楽しみだな!などのことしか思っていませんでした。今となっては考えられないですね。(笑)

それでも何も言わずに私をグランドに送り出してくれている事を理解できた時に、頑張るモチベーションにも大きな変化が起きました。だからこそ在団生の皆さんにも、支えてくれるスタッフやご両親への感謝を常に伝えるつもりで行動して欲しいと思います。

私はユース出身ではありますが、一度このクラブを辞めています。

それは、高校生になる直前です。全国高校サッカー選手権に憧れを持ちクラブを退団しましたが、それは私にとって間違いでした。

高校の部活に私は面白さを見出すことができませんでした。『つまんない』『辞めたい』そんな日々が続き部活を辞め、新たなクラブチームを探していました。その時もかなり両親に迷惑をかけています。もう少し頑張れとも言われましたが、私の独断で部活を辞めてしまいました。

この時独断で動いてしまった事は、それまでいつも応援してくれていた両親の声に聞く耳を持たなかったという意味で本当に申し訳なく思ってます。その後その事を耳にした野口コーチから連絡を頂き、土持さんが暖かい言葉で迎えて下さり、ヴェルディ相模原に戻る事になりましたが、正直気まずさがありました。

自分から辞めると言って出ていったクラブに、もう一度入らせて下さい!とは言いにくかったからです。

しかしスタッフの方はもちろん当時のチームメイト達は、明るい雰囲気で受け入れてくれました。

それが本当に印象に残っています。だからこそ、高校サッカー部を辞める時に背いてしまった両親のためにも、明るく迎えいれてくれたチームのためにも、これまで以上に頑張ろうと思いました。

ユースチームは高校と比べると人数が少なく、一人一人に目が届きます。なので個人的な指導を多く受けられていました。私は高校約3年間、ヴェルディ相模原でとても充実したサッカー生活を送りました。基本の止める・蹴るの大事さ、サッカーの戦術理解などを学び、今の活動に活きています。

私はこんなわがままなサッカー人生を送っています。自分自身の負担を子供である私に感じさせないよう、私にサッカーをやらせてくれた両親に『ありがとう!』という言葉を伝えたい気持ちが強いのですが、私はまだ言いません。まだ私のサッカー人生は続いているし、言葉ではなくプレーで感謝の気持ちを表現していきます。小さい頃は全く分からなかったことも、今となってはとても支えになってくれていたことに気づけています。

ヴェルディ相模原には約7年間お世話になりましたが、サッカー人生で一番充実した時間でした。サッカー以外も挨拶等の礼儀も教わりました。こうした両親からの思いに気付けたのも、人間性の重要さを説いて貰ったおかげです。

なので、今ヴェルディ相模原に在籍している子たちには、真剣に一生懸命サッカーに取り組んで欲しいのと、両親の支えがあってこそサッカーが出来ているということを、この機会に知って頂き、支えて頂いてる全ての人に感謝の気持ちを忘れずに頑張って貰いたいと思います。

最後になりますが、この機会に多くの皆様が繋がりを深め、プロジェクトを通じて様々な方が笑顔になってくれる事を願っています。