#2 三平和司(4期・2003年卒業)僕はジャガイモです
僕はジャガイモです—
先日ヴェルディS.S.相模原に在籍していたジュニアユース時代の仲間達と話をしていた際に、自分の思い出・イメージに話が及び、皆が口を揃えて1番最初に出してくれたフレーズがコレでした。
ジュニアユース時代の、とある食事の席で土持さんから
『お前の好物は何だ?』
という質問に、自分がこう答えたという他愛もないエピソードです。
自分としては『1番がそれなの?プレーじゃないの?』とJリーガーとしてのプライドを見事に傷つけられた1コマだったのですが、同じく同世代で東京ヴェルディに加入しJリーガーとなった経歴のあるエビ(海老澤宏樹)に『サンペー(当時の愛称)はいつも大事な試合でゴールを決めていたからプレーは言わなくてもわかる』とフォローして貰えた事でスッキリし、またそんな自分を『三平=ガッツポーズの人』と今ヴェルディS.S.相模原で活動をする子供達が認識してくれていると聞き、元気を取り戻して大分トリニータのユニフォームに袖を通しています。
今でこそJリーガーという立場で、プレー以外でもひょうきん者というキャラクターを評価して頂いたりファンの方々に親しんで頂く事ができる様になりましたが、年齢を重ね一児の父ともなった今、当時を振り返ってみると、自分の様なキャラクターの子供を扱う指導者は本当に大変なんじゃないかと思う様になりました。
でもそんな喜怒哀楽の起伏の激しさや感情表現の大きさを『めんどくさい』『他の選手へ悪影響を及ぼしかねない』と捉えず、ヴェルディS.S.相模原では土持さんをはじめコーチの皆様が『個性』としてむしろ伸ばしてくれ、そして自分の得意なプレーをとことん追求し続ける大切さや楽しみを教えてくれた事が、今の自分の根幹として備わっていると感じる事が多くあります。
自分は長くJリーグの舞台でサッカーをやらせて貰っていますが、そのキャリアの中でも試合に出れない時期が続いたり、ゴールを奪う事が出来ない時期もありました。
でもそんな苦しい時はいつも、誰のせいにもせず、我慢強く自分のマイナスにならないように楽しみを見出しながら、チームの為にやる事が最終的に自分の為になるんだ、と信じてやり続ける事で乗り越えてきました。
例えば同じポジションに沢山良い選手がいてスタメン争いが渋滞化した時も、自分がより成長できる楽しみがあるとわかっていたので、紅白戦はどんな境遇にあっても燃えて取り組めましたし、その緊張感を乗り越えて良いプレーが出来た時や自分が上手くなった実感を得た時は本当に楽しくて仕方ないです。
その楽しみがある事を知っているから苦しい時も頑張れましたし、常に自分との勝負だという事をわかっていたから誰のせいにもせず我慢する事ができました。
全ては『1つ先に楽しみがある』という事を知っていたからこそです。
こうした感性や価値観を思春期の時期に伝えて貰えたからこそ、高校年代まで無名だった自分が今の立場まで昇り詰める事ができ、Jリーガーになった後も頑張ってこれたんだと思っています。
今回のお話を機にヴェルディS.S.相模原で言われていた事を振り返ってみましたが『真剣に遊べ』『仲間を大切にしろ』『絶対に負けるな』これくらいしか頑張っても頭に浮かびません。きっとそうしたOBも少なくないと思います。
それよりも
『手加減無用で大人げないけど魅力的なスタッフ陣』『理不尽なアディショナルタイム』『ハマると出れないボール回し』『電車組の謎の連帯感』『悪そうな先輩たちと生意気な後輩達』
といった事の方が印象的で、とにかく仲間と過ごす毎日が楽しくて仕方がない—そんな中学生生活でした。
しかしそうやって言われてきた事を、より深く突き詰めていくとサッカー選手としては勿論、人として成長が出来る要素が沢山詰まっていると今になって強く思いますし、学ぶものではなく見つける事が大切で、自分から探す・動くという姿勢こそが全てだとも思います。
だからこそ、今北公園でボールを追いかける後輩達には、常に夢を大きく持ち自分と向き合いながら、土持さんをはじめスタッフの皆様の一挙手一投足から沢山の事を吸収し成長していって欲しいと思います。
そんな皆とJリーグの舞台でいつか一緒にボールを追いかける時が来る事を楽しみにしていますし、沢山の夢や希望が詰まったこのプロジェクトを遠い大分の地からではありますが心から応援しています。
自分が所属する大分トリニータは、トリニティという『三位一体』という意味を持った言葉に大分県をかけあわせた造語でできています。
今回のプロジェクトは形は違えどヴェルディS.S.相模原をこれまで以上に三位一体となり育てていく形づくりの新たなスタートラインだと思いますので、皆で力をあわせてこのプロジェクトを盛り上げ、そしてヴェルディS.S.相模原をもっともっと盛り上げていきましょう!
以上お祭り男サンペーでした。