#21 柳沢太智(21期・2020年卒業) 様々なことを学んだ場所

こんにちは!
去る2020年3月にクラブを卒団した柳沢太智です。

このコラムを書けることを大変嬉しく思います。是非読んで頂きたいです。

まず、土持さんに「やなぎたに」「やなぎだ」「やなぎだけ」など色々な名前を付けられ当時は中々その場で訂正できませんでしたので失礼します。柳沢です(笑)

在籍期間は6年間だけですが、このクラブには自分の全てが詰まっています。


中学1年生にヴェルディ相模原に入団し、高校3年までお世話になりました。


柳沢太智


まず今ヴェルディ相模原に在籍している後輩に向けて、自分なりの勝手なアドバイスです。

試合に出て活躍する為には、自分のプレースタイルや理想のサッカーを体現して、気に入られて試合などで使ってもらうより、全てを我慢「リセット」してこのクラブのサッカーを理解する事を意識するべきだと思います。

育成年代にこういう言い方は良くないと思いますが試合に出るために自分がしてきた事です。これは個性を出すなとか好きなプレーをするなとか言ってるわけではありません。

人それぞれの考え方があると思いますし、なかなか自分と同じ考えの人とは出会ったことがありませんが、自分は昔から怒られることが嫌いすぎて、人の顔色ばかり伺っているような子でした。

それはサッカーの練習や試合でもそうでした。なので気づいたらコーチや監督の顔色伺いながらサッカーをする様になっていました。 

一見、良いように思わないかもしれませんが監督やコーチのやりたいサッカーやこのプレーしたら怒られる、こういうプレーが好きなのかなど色々勝手に感じることができます。戦術理解度ってやつですかね、


自分の個性を出すことはとても大事ですが試合に出ないことには始まらないし、楽しくないと思います。指導者に気に入られることはサッカーにおいてとても大事なことです。
なので少し意識してみてください。

ここからは自分の話になります。
自分は中学1年生の頃からコンスタントに試合に絡ませて貰っていたので正直あまり辛い日々や経験はしないまま練習や試合などに行けていた気がするので心から楽しくサッカーができてました。

中学2年生の春休みにブラジル遠征がありました。地球の反対側ということもあり自分が行きたいだけの気持ちではどうにもならないお金などの問題もあり自分は行かない予定でした。

ですが本当に行きたくて毎日毎日凹んでいた自分をみていた親が、すぐにコーチに電話をかけてくれて急遽行けることになりました。あの時の気持ちは一生忘れることはないと思います。

ブラジルでの2週間はあっという間で特別な体験でした。

これは誰にも話したことはないのですが、ブラジルでの最終日辺りに野口コーチがバスの1番後ろの席で土持さんに試合経過やブラジルでの生活などの報告を電話でしているのを一つ前に座っていた自分は盗み聞きしてました(笑)

周りのチームメイトは疲れ果てて寝ていたのでこれを聞いてたのは自分だけだと思います。

試合の結果や誰が点を決めたなどの報告が終わった後に「柳沢がみんなまとめてくれて、とても助かってる。試合に臨む気持ちが高い」と評価してくれているのを聞き、急遽行かせてもらったブラジル遠征で全てを出し頑張ったので、見てくれているんだなと思い今でも覚えています。

自分は中学3年の夏に一度このクラブを去っています。当時キャプテンを務めていました。クラブユースという大きな大会前なのに練習に身が入っていないし、ミニゲーム中も勝手に抜けてシュート練習してる者もいるし、準備片付けなどやる気がないし皆んな向かっている方向もバラバラでした。


案の定クラブユースも1回戦で0-3の完敗により敗退でした。キャプテンとしての責任を感じたり高校の受験勉強、当時の彼女との別れもありメンタルがやられてしまった自分は逃げてしまいました。

今でも辞めたことを後悔しています。当時はスタッフに不満も持っていました。でも今考えれば自分が逃げる事の言い訳を押し付けていた自分の甘さだと思います。

辞めてからもずっとヴェルディ相模原の事を気にしていましたし、大きな大会などもこっそり見に行ったりしてました。本当に未練たらたらでした。

ずっと支えてくれた親には最後までやらなかった事、本当に申し訳なく思います。辞める際にも自分の考えや思いをちゃんと話し合わずに辞めました。父親は試合があるたびに来れる試合は全て見にきてくれて家に帰ってサッカーの話も沢山しました。たくさん褒めてくれていたのも覚えています。そのために試合を頑張れていたのかもしれません。

母親は試合を見にきたりすることは滅多にありませんでしたが、自分のサッカーの費用ために仕事を始めてくれたり、練習後遅い時間に帰ってもおいしい夜ご飯を作ってくれたり、リカバリーのために水風呂を溜めてくれたりしました。一応サッカー経験者の兄もちょこちょこ自分のサッカーを気にしてくれていて感謝しています。

高校に上がりサッカーを続けるかずっと悩んでいましたが、ジャンボこと土屋龍太が試合があるたびに結果を報告してくれたり、誘ってくれてヴェルディ相模原に戻る決断をしました。

半年以上サッカーから離れていた自分の勝手な選択でしたが、親も、スタッフの方もユースのチームメイトも快く歓迎してくれて、とても素晴らしい人達に囲まれていて幸せでした。

ヴェルディ相模原の良いところは全てのカテゴリーの選手達と関わる機会や一緒にサッカーをする機会がある事です。

先輩後輩関係なくグランドでバチバチにやれる事は他では中々ない大事な経験だと思うのでそこはとても良かったと思っています。

柳沢太智

この約6年間でサッカー面だけでなく、私生活、人間性など色々なことを教わりました。

土持さんには自分の意見を何回も伝えました。間違った選択も何回もしました。ですが、それを許し何回もトライさせてくれたことはこれからの人生でも大きな力になると思います。約6年間こんな扱いにくい自分を面倒見て頂き監督、コーチには本当に感謝しています

コロナウイルスの影響で卒団式もできず、普通の生活にも制限がかかる毎日ですが、このような形で自分の気持ちを伝えられて良かったです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

柳沢太智